User Manual
【1】シンセサイザーは夢の楽器だった
パソコンや携帯電話に音源が搭載され、シンセサイザーがすっかり定着した今と
なっては隔世の感がありますが、二昔前のシンセサイザーは、どんな音でも作れる
夢の楽器でした。
当時のシンセサイザーは一部のミュージシャンが実験的に使っているだけで、一般
市民がおいそれと触れるはずはなく、時折耳にする噂でその存在を知るだけでし
た。はじめてその楽器の噂を聴いたときには、謎に満ちあふれていました。「多く
の真空管を使っているので、いつもストックを何十本も用意している」だの、「回
路の故障が多いのでプレーヤーはみんな電子工学の知識が必要」だの。
それから数年たち、ヤマハやコルグといった国内のメーカーが作ったシンセサイ
ザーが市場に出回ると、ようやく夢の楽器を目にすることができるようになりまし
た。
パネルに所狭しと並んでいるツマミをチョチョイと操作するだけで、トランペット
の音になったり、ピックベースの音になったりする様子は、まるで魔法のように思
えたものです。
今にして思うと、音の立ち上がりや減衰のしかたが変化しているだけなので、トラ
ンペットというよりもディケイの鋭いオルガン、ピックベースというよりも減衰が
早いオルガンの音がしていたにすぎません。でも、「音色が似てるかどうか」では
なくて、「自分の手で音が作れる」ということが僕にとってはもっとも重大なこと
だったように思います。
そういう意味では、同じ電子楽器でも音作りできるかできないかで僕にとっての興
味の度合いは全く異なるわけです。電子楽器を2つの種類に色分けしていたとも云
えるでしょう。音作りのできる楽器は、僕のあこがれであり、夢の楽器であるシン
セサイザーの仲間。音作りのできない楽器は、僕にとってあまり興味のないオルガ
ンの仲間、という色分けです。
当時の僕にとっては、音作りができるかどうかが最も重要なポイントでした。
DX7が登場し、アナログシンセからデジタルシンセの時代になっても、シンセサイ
ザーに対する僕の思い入れは微動だにしませんでした。どころか、パラメーター数
が飛躍的に増え、自由につくれる音色の幅が一気に広がったことで、ますます音作
りにのめり込んでいきました。
当時は、あちこちの雑誌で音色データコンテストをやっていましたし、曲作りの第
1歩は音を作ることでした。今から考えると優雅な時代でした。
そういう時代が終わるきっかけを作ったのは、やはりDX7だったように思います。